また朝が来てぼくは生きていた

夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た

柿の木の裸の枝が風にゆれ

首輪のない犬が日だまりに寝そべっているのを

 

百年前ぼくはここにいなかった

百年後ぼくはここにいないだろう

あたり前なところのようでいて

地上はきっと思いがけない場所なん

 

いつだったか子宮の中で

ぼくは小さな小さな卵だった

それから小さな小さな魚になって

それから小さな小さな鳥になって

 

それからやっとぼくは人間になった

十ヶ月を何千億年もかかって生きて

そんなこともぼくら復習しなきゃ

今まで予習ばっかりしすぎたから

 

今朝一滴の水のすきとおった冷たさが

ぼくに人間とは何かを教える

魚たちと鳥たちとそして

ぼくを殺すかもしれぬけものとすら

その水をわかちあいたい

 

 

谷川 俊太郎

<詩集 空にに小鳥がいなくなった日
所収>(株)サンリオ
ISBN4-387-90012-1

百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう

そして

ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい

このことばが心に焼き付いています