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愛するとは

高野喜久雄詩集 <独楽>所収 「現代詩文庫」思潮社

愛するとは
ついにこわれてしまうこと 
跡形もなく
己れの中の
壷もつららも吊り橋も
そしてランプも
この笛も
みんなこわれてしまうこと


それでよい
それでもわたしは愛し続ける
この道を行き
この道を行き
わたししか
ついに愛する者のない不憫なわたし
言い知れぬ
裂け目のようなわたしひとりを		    

言い知れぬ 裂け目のようなわたし  という ことばが鮮烈でした。

  
崖くずれ

高野喜久雄詩集 <存在>所収 「現代詩文庫」思潮社

だれの心も 
見えないけれど険しい山々だ
切り立つ断崖だ
登りきれたためし無く
頂には 舞う鳥も無い
道も無く しるべも無い
何も無い きびしい山々
ただ 深くもだすものだけに
時折かすかに 聞こえてもいた
崖くずれ
		
わたしの心の中でも 崖くずれ が・・
  
あなたに

高野喜久雄詩集 <存在>所収 「現代詩文庫」思潮社

わたしたちは ついぞ 
抱き合うことはなかった
お互いが お互いの迷路であったから
わたしは あなたのそばで途方に暮れ
あなたもまた わたしの横で迷子になっていた
行くことも
帰ることもできなくて
ただ しくしくとあなたは泣き出し
そしてわたしは
ますます すねてゆくのだった
 

あれから十年
夢や 時や 憤り
過ぎ去るものを じっとこらえて
わたしはまだ 同じ場所にいる
あの時の迷子のままで 

互いが 互いの迷路である という
その せつなさ  所在なさ

 		
たぶん わたしは

高野喜久雄詩集 <二重の行為>所収 「現代詩文庫」思潮社

たぶん わたしは手紙です 
わたしには わたしの読めない文字がぎっしりと書いてある
誰かが誰かに送る手紙です
 

愛していても
「いないわ!」と書いてある
のかも知れない手紙です
愛されていても
「もっと……
 もっと愛して!」と書いてある
のかも知れない手紙です
 

でも悲しい手紙です
わたしには あの配達夫もありません
第一 宛名がありません
ただ「あなたに」としかありません
 

だからわたしは出かけます
「もしもし もしもあなたでは……」
戸口から戸口へとたずねます
「もしもし もしもあなたでは……」
 

「違います」「違います」「違います」
どこへ行っても 違います
奇妙な不思議な手紙です
そこでわたしも手紙を書いた むろんわたしに宛てた手紙を		
自らを 誰かに読んで欲しい「手紙」にたとえ
しかし一体誰に受け取ってもらえるのかもわからず
あちらこちらを彷徨うその所在なさ。

若かりし私は、最後の1行が理解できなかった。
今の私には すとんと腑に落ちるものがる。
「この世の誰かに宛てた手紙」などではない。
「この世の誰かにわかって欲しい私」でもない。
手紙を読み解くことが出来るのは只一人 この「私」のみ。 他の誰でもないということ。
これが、孤独を真っ正面から見据え、孤独であること、只独りの「わたくし」であることに  とうに覚悟を決めた詩人・高野であることに   若いころの甘っちょろい少女であった私は、思いを至らせることが出来なかったのだろう。

そしてまた 今の私は 独りであること 私という手紙を 誰にも宛てるつもりなどないことを 深く 心に決めたのである。 (2003/秋)

高野喜久雄 未完詩集より

「探さないで………… 
 神に向かっての 発芽です」 

二日も遅れて
ぼくにとどいた君のハガキだ
駆けつけてみると
どこまでも深く 澄み切っている藍色の湖水



手を入れると 突然
手は手首から離れて
ゆらゆらと泳ぎ出した
まだあがらない君の屍体の方に向かって

あなたの想いは 魚となって
深い水底に横たわる わたしの むくろに
いつの日か  届くのであろうか

 	
枇杷の実

高野喜久雄詩集 <二重の行為>所収 「現代詩文庫」思潮社

ひとつになろう ひとつになろう 
と どんなにそれを願っても
ひとつになれない 淋しい種子が
思いあまって きつく抱きあい
互いに同じ夢を見た
その夢が果肉の部分
ひとよ
ひとよ
だからもう 薄い果肉と
なじるのは止せ
その夢の味 たたえたあとは
その種子をまた 寄せて埋めよう

なんという 切ない詩であろうか。
わたくしたち 2人も また
淋しい種子 なのである。

 
		
弦(いと

高野喜久雄

いま わたしは願う
わたしはただの弦
ひとすじの切なる弦でありたいと
その両はしが何んであれ
苦しいわたしの何んであれ
ひたすらに 問いも忘れことばも忘れ
きびしく 逆向きの力に耐えて
張られたただの弦
ぎりぎりの力で張られ
ぎりぎりの力で踏み耐える
ぎりぎりの 弦のいのちをいのちとしたいと

そして わたしは わたしをつまびく
きこえるうちは駄目なのだ
未だ駄目なのだ!
最も高い音は 音として
誰の耳にも きこえてこない
あのきこえない高さで 鳴りひびく弦
またその高さに耐える弦
けっして切れず
けっしてひるまず
けっして在るわけ 張られたわけをうたわない弦
あかしはいつも この弦の
この非常な高さからのみやってくる
とおもわれてならない とある夕暮
いなごのような眼をつむる
傷口のような口を閉じ
そしてわたしはいちずにおもう
あの弦だ
人の耳にはただの沈黙
ただの唖としてしか ひびかない弦
あのいのちをこそ いのちとしたいと

どこまでもストイックで求心的な詩。
この厳しさ、この透明感。

 
		
そこにひとつの席が

黒田三郎詩集 <ひとりの女に>所収 「現代詩文庫」思潮社

そこにひとつの席がある
僕の左側に
「お坐り」
いつでもそう言えるように
僕の左側に
いつも空いたままで
ひとつの席がある 
 

恋人よ
霧の夜にたった一度だけ
あなたがそこに坐ったことがある
あなたには父があり母があった
あなたにはあなたの属する教会があった
坐ったばかりのあなたを
この世の掟が何と無造作に引立てて行ったことか
 

あなたはこの世で心やさしい娘であり
つつましい信徒でなければならなかった
恋人よ
どんなに多くの者であなたはなければならなかったろう
そのあなたが一夜
掟の網を小鳥のようにくぐり抜けて
僕の左側に坐りに来たのだった

 

一夜のうちに
僕の一生はすぎてしまったのであろうか
ああ その夜以来
昼も夜も僕の左側にいつも空いたままで
ひとつの席がある
僕は徒らに同じ言葉をくりかえすのだ
「お坐り」
そこにひとつの席がある
 
		

若き日の黒田三郎の代表詩集です。 この詩集で彼は詩壇の芥川賞ともいえる「H氏賞」を受賞したのでした。 この作品は 高校の頃から大好きだったものです。

どんなに多くの者であなたはなければならなかったろう

この一行が私にはとても大切でした。

ある日ある時

黒田三郎詩集 <ある日ある時>所収

秋の空が青く美しいという
ただそれだけで
何かしらいいことがありそうな気のする
そんなときはないか
空高く噴き上げては
むなしく地に落ちる噴水の水も
わびしく梢をはなれる一枚の落葉さえ
何かしら喜びに踊っているように見える
そんなときが
	
張り詰めた 祈り  のような 想い。
 	
出 発

黒田三郎詩集 < 失われた墓碑銘 >所収 「現代詩文庫」思潮社

どこか遠くのほうから見ていたい
感動している自分を
感動して我を忘れてとんでゆく自分を
どこか遠くのほうから見ていたい
息を切らしてしまってはいけない
よそ見をしてはいけない
心ひそかにそう念じながら
どこか遠くのほうから見ていたい
あおいじつにあおい
その遠くの空の彼方へ
今はそれだけが私の仕事だ
荒々しく私は私を投げつける
紋白蝶のように軽々と行ってしまうようにと
眼をとじながら私は私を投げつける
足元に落ちて高雅な陶器のように砕けないようにと


感動している自分を 自分の外側から眺めてみたい という欲求。 そうすることで 安堵するのであろうか。 自分はまだ大丈夫 自分の心は死んでいない と
 		
もはやそれ以上

黒田三郎詩集 <ひとりの女に>所収 「現代詩文庫」思潮社

もはやそれ以上何を失おうと
僕には失うものとてはなかったのだ
川に舞い落ちた一枚の木の葉のように
流れてゆくばかりであった
かつて僕は死の海を行く船上で
ぼんやり空を眺めていたことがある
熱帯の島で狂死した友人の枕辺に
じっと坐っていたことがある
今は今で
たとえ白いビルディングの窓から
インフレの町を見下ろしているにしても
そこにどんなちがった運命があることか
運命は
屋上から身を投げる少女のように
僕の頭上に
落ちてきたのである
もんどりうって
死にもしないで
一体だれが僕を起こしてくれたのか
少女よ
そのとき
あなたがささやいたのだ
失うものを
私があなたに差し上げると

戦後最高の恋愛詩集と言われたこの「ひとりの女に」で黒田は詩壇の芥川賞ともいえるH氏賞を獲得したのであった。

すべてを失った青年の前に、この「ひとりの女」との出会いがいかに色鮮やかであったことか!・・・・・・・ 最後の2行。

「失ったものをさしあげる」ではないのだ。
「失うもの」をさしあげる、と言っているのである。

 
僕はまるでちがって

黒田三郎詩集 <ひとりの女に>所収 「現代詩文庫」思潮社

僕はまるでちがってしまったのだ
なるほど僕は昨日と同じネクタイをして
昨日と同じように貧乏で
昨日と同じように何も取柄がない
それでも僕はまるでちがってしまったのだ
なるほど僕は昨日と同じ服を着て
昨日と同じように飲んだくれで
昨日と同じように不器用にこの世に生きている
それでも僕はまるでちがってしまったのだ
ああ
薄笑いやニヤニヤ笑い
口をゆがめた笑いや馬鹿笑いのなかで
僕はじっと眼をつぶる
すると
僕のなかを明日の方へとぶ
白い美しい蝶がいるのだ
	

これぞ  青年時代の 愛 

最後の2行の、なんと鮮やかなことか。

 	
引き裂かれたもの

黒田三郎詩集 <渇いた心>所収 「現代詩文庫」思潮社

その書きかけの手紙のひとことが
僕のこころを無惨に引き裂く
一週間たったら誕生日を迎える
たったひとりの幼いむすめに
胸を病む母の書いたひとことが



「ほしいものはきまりましたか
 なんでもいってくるといいのよ」と
ひとりの貧しい母は書き
その書きかけの手紙を残して
死んだ



「二千の結核患者、炎熱の都議会に坐り込み
 一人死亡」と
新聞は告げる
一人死亡!
一人死亡とは



それは
どういうことだったのか
識者は言う「療養中の体で闘争は疑問」と
識者は言う「政治患者を作る政治」と
識者は言う「やはり政治の貧困から」と



そのひとつひとつの言葉に
僕のなかの識者がうなずく
うなずきながら
ただうなずく自分に激しい屈辱を
僕は感じる



一人死亡とは
それは
一人という
数のことなのかと
一人死亡とは



決して失われてはならないものが
そこでみすみす失われてしまったことを
僕は決して許すことができない
死んだひとの永遠に届かない声
永遠に引き裂かれたもの!



無惨にかつぎ上げられた担架の上で
何のために
そのひとりの貧しい母は
死んだのか
「なんでも言ってくるといいのよ」と
その言葉がまだ幼いむすめの耳に入らぬ中に 

一人死亡とは
それは
一人という
数のことなのかと
一人死亡とは

いまだに ことあるごとに 私の心に重く響いてくる一言です。 新聞を読むたびに TVを見るたびに 幾度も心にこの執拗な問いかけが蘇るのです。

わたしたちは 記号 ではない。
血肉を持った ひとりの人間なのである。

  
		
ただ過ぎ去るために 
(抜粋)

黒田三郎詩集 <渇いた心>所収 「現代詩文庫」思潮社

          7

生暖かい風のように流れるもの!



閉ざされた心の空き部屋のなかで
それは限りなくひろがってゆく



言わねばならぬことは何ひとつ言えず
みすみす過ぎ去るに任せた
あの五分間!



五分は一時間となり
一日となりひと月となり
一年となり
限りなくそれはひろがってゆく



みすみす過ぎ去るに任せられている
途方もなく重大な何か
何か



僕の眼に大映しになってせまってくる
汚れた寝衣
壁に醜くぶら下がっているもの
僕が脱ぎ 僕がまた身にまとうもの

みすみす過ぎ去るに任せられている
途方もなく重大な何か

このような焦燥感が 自分のなかにも 常に存在する
それに鈍感でいられる人もいるけれど。 私は この焦燥感に突き動かされて 「一歩」を踏み出す決意をするのだ

 		
紙風船

黒田三郎詩集 <もっと高く>所収 「現代詩文庫」思潮社

落ちてきたら 
今度は
もっと高く
もっともっと高く
何度でも
打ち上げよう
美しい
願いごとのように 
黒田三郎という詩人を知らなくとも
この詩に見覚えのある人は多いのではないか。
(あんまり若い人はともかく)
かつて「赤い鳥」というフォークグループがヒットさせた曲の本歌である。
メンバーの後藤悦次郎氏がある日この詩に出会って惚れ込み、 黒田の自宅に電話で「歌にしたい」と夫人に頼み込んだそうだ。
 		
空の嘘

谷川俊太郎詩集 <詩集 愛について所収>

空があるので鳥は嬉しげに飛んでいる 
鳥が飛ぶので空は喜んでひろがっている
人がひとりで空を見上げるとき
誰が人のために何かをしてくれるだろう
 
飛行機はまるで空をはずかしめようとするかのように
空の背中までもあばいてゆく
そして空のすべてを見た時に
人は空を殺してしまうのだ
 
飛行機が空を切って傷つけたあとを
鳥がそのやさしい翼でいやしている
鳥は空の嘘を知らない
しかしそれ故にこそ空は鳥のためにある
 
<空は青い だが空には何もありはしない>
<空には何もない
だがそのおかげで鳥は空を飛ぶことが出来るのだ>

鳥は空の嘘を知らない
しかしそれ故にこそ空は鳥のためにある

この2行がとても心に響いてきます。

 		

谷川俊太郎詩集<詩集 空にに小鳥がいなくなった日所収>
(株)サンリオ  ISBN4-387-90012-1

また朝が来てぼくは生きていた 
夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た
柿の木の裸の枝が風にゆれ
首輪のない犬が日だまりに寝そべっているのを
 
百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう
あたり前なところのようでいて
地上はきっと思いがけない場所なんだ
 
いつだったか子宮の中で
ぼくは小さな小さな卵だった
それから小さな小さな魚になって
それから小さな小さな鳥になって
 
それからやっとぼくは人間になった
十ヶ月を何千億年もかかって生きて
そんなこともぼくら復習しなきゃ
今まで予習ばっかりしすぎたから
 
今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える
魚たちと鳥たちとそして
ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい

百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう

そして

ぼくを殺すかもしれぬけものとすら
その水をわかちあいたい


このことばが心に焼き付いています

 		
私が歌う理由(わけ)

谷川俊太郎

私が歌うわけは
いっぴきの仔猫
ずぶぬれで死んでゆく
いっぴきの仔猫

私が歌うわけは
いっぽんのけやき
根をたたれ枯れてゆく
いっぽんのけやき

私がうたうわけは
ひとりの子ども
目をみはり立ちすくむ
ひとりの子ども

私が歌うわけは
ひとりのおとこ
目をそむけうずくまる
ひとりのおとこ

私が歌うわけは
一滴の涙
くやしさといらだちの
一滴の涙

 		
I was born

吉野弘「現代詩文庫」思潮社

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。




或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青
い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやっ
てくる。物憂げに ゆっくりと。



 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女
の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟
なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世
に生まれ出ることの不思議に打たれていた。



 女はゆき過ぎた。



 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれ
る>ということが まさしく<受身>である訳を ふと
諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。



----やっぱり I was born なんだね----
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返し
た。
---- I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は
生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね----
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。
僕の表情が単に無邪気として父の顔にうつり得たか。そ
れを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとっ
てこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだか
ら。



 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
----蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬん
だそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくる
のかと そんな事がひどく気になった頃があってね----
 僕は父を見た。父は続けた。
----友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だと
いって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く
退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入
っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。と
ころが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっ
そりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目ま
ぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとま
で こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの
粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>という
と 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことが
あってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお
前を生み落としてすぐに死なれたのは----。



 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひ
とつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものが
あった。
----ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいで
いた白い僕の肉体----



  

 (作者註:「淋しい 光りの粒々だったね」は 詩集「幻・方法」に再録のとき、「つめたい光の
粒々だったね」に改めました)

吉野弘の詩に 出てくるモチーフ・・・「痛み」。

それが このなかにも ちくちくと 息づいている。

 
		
夕焼け

吉野弘詩集<幻・方法>所収「現代詩文庫」思潮社

いつものことだが 
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に。
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をギュッと噛んで
身体をこわばらせて−−−。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。
日常のどこにでもありそうな出来事にこのような感情移入のしかたの出来る 詩人の感性。
その「視点」に感動します。

やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる

という3行と最後の1行が印象に残る詩です。
 		
雪の日に

吉野弘
こちらは合唱曲用のもの。 原詩は<心の四季>所収
「現代詩文庫」思潮社

雪がはげしくふりつづける
雪の白さをこらえながら


欺きやすい雪の白さ
誰もが信じる雪の白さ
信じられている雪はせつない


どこに純白な心などあろう
どこに汚れぬ雪などあろう


雪がはげしくふりつづける
うわべの白さで輝きながら
うわべの白さをこらえながら


雪は汚れぬものとして
いつまでも白いものとして
空の高みに生まれたのだ
その悲しみをどうふらそう


雪はひとたびふりはじめると
あとからあとからふりつづく
雪の汚れをかくすため


純白を花びらのようにかさねていって
あとからあとからかさねていって
雪の汚れをかくすため


雪がはげしくふりつづける
雪はおのれをどうしたら
欺かないで生きられるだろう
それがもはや
みずからの手に負えなくなってしまったかのように
雪ははげしくふりつづける


雪の上に雪が
その上から雪が
たとえようのない重さで
音もなくかさなっていく
かさねられていく
かさなってゆくかさねられてゆく

今も この歌を口ずさむたび
涙が あふれてしまう。

吉野の詩に感じられる  原罪感のようなものが
ここにもまた。

「在る」ことの 痛さ。

 
		
自分の感受性ぐらい

茨木のり子詩集「自分の感受性ぐらい」(1977刊)所収 「現代詩文庫」思潮社

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて


気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか


苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし


初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった


駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄


自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ

「戦後現代詩の長女」 こと茨木のり子さんの超有名な作品。 最後の「ばかものよ」という叱咤の言葉はきっと自分自身に向けて放ったのだろうが、心にずっしりと響く。 「自分できちんと考えて生きていく」ということを掲げていきたい。

(茨木のり子さん談 より抜粋)
それに、一億玉砕で、みんな死ね死ねという時でしたね。それに対して、おかしい んじゃないか、死ぬことが忠義だったら生まれてこないことが一番の忠義になるんじ ゃないかという疑問は子供心にあったんです。
  ただ、それを押し込めてたわけですよね。こんなこと考えるのは非国民だからって 。そうして戦争が終わって初めて、あのときの疑問は正しかったんだなってわかった わけなんです。 だから、今になっても、自分の抱いた疑問が不安になることがあるでしょ。そうし たときに、自分の感受性からまちがえたんだったらまちがったって言えるけれども、 人からそう思わされてまちがえたんだったら、取り返しのつかないいやな思いをする っていう、戦争時代からの思いがあって。だから「自分の感受性ぐらい自分で守れ」 なんですけどね。一篇の詩ができるまで、何十年もかかるってこともあるんです。

 		









  

八木重吉「秋の瞳」序文
「青春の詩集」日本編/八木重吉詩集/鈴木亨編
白鳳社 ISBN4-8262-1918-0

私は、友が無くては、耐えられぬのです。しかし、 
私にはありません。この貧しい詩を、これを読んでく
ださる方の胸へ捧げます。 そして 私を あなたの友
にしてください。

少女の頃から  ずっと変わらず

私の心のなかには この 「序文」 が

鳴り続けております。

 		
渚を遠ざかってゆく人

長田 弘 『死者の贈り物』(みすず書房)

波が走ってきて、砂の上にひろがった。 
白い泡が、白いレース模様のように、 
暗い砂浜に、一瞬、浮かびでて、 
ふいに消えた。また、波が走ってきた。 
イソシギだろうか、小さな鳥が、 
砂の上を走り去る波のあとを、 
大急ぎで、懸命に追いかけてゆく。 
 
 
波の遠く、水平線が、にわかに明るくなった。 
日がのぼって、すみずみまで 
空気が澄んできた。すべての音が、 
ふいに、辺りに戻ってきた。 
磯で、釣り竿を振る人がいる。 
波打ち際をまっすぐ歩いてくる人がいる。 
朝の光につつまれて、昨日 
死んだ知人が、こちらにむかって歩いてくる。 
そして、何も語らず、 
わたしをそこに置き去りにして、 
わたしの時間を突き抜けて、渚を遠ざかってゆく。 
死者は足跡ものこさずに去ってゆく。 
どこまでも透きとおってゆく 
無の感触だけをのこして。 
もう、鳥たちはいない。 
潮の匂いがきつくなってきた。 
陽が高くなって、砂が乾いてきた。 
貝殻をひろうように、身をかがめて言葉をひろえ。 
ひとのいちばん大事なものは正しさではない。 

「ひとのいちばん大事なものは正しさではない。」

この1行が心に深く刻まれ

この1行に打たれて買った詩集です。

 		

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